この記事は、ベテランの経験や過去の案件・トラブル対応が担当者の頭の中にしかなく、案件がいまどこまで進んでいるかも本人に聞かないと分からない中小企業の社長・管理職の方の、「ノウハウを共有したいのに、いくら言っても社内にたまっていかない」という困りごとを解決するために、私がこれまで400社・4,000人の研修で見てきたことをまとめたものです。
結論:ノウハウ・過去事例・進捗が社内にたまらない原因は、社員の意識ではなく「記録を残す作業が、本来の仕事とは別にある」ことです。解決策は、社員に「書いて残して」と頼むのをやめ、仕事がすでに流れているチャット・メール・見積や請求の書類から、AIと自動化ツールで記録を自動で拾うことです。終わった仕事の記録(過去事例・トラブル対応)は判断が要るのでAIに要約させ、動いている仕事の状態(進捗)は判断が要らないのでワークフロー自動化ツールで一覧表を自動更新する、と分けて考えると、何から手を付ければいいかがはっきりします。
📌ほかの困りごとも含めた全体像は「AIで業務の困りごとを解決する方法|受講企業に多い10の困りごと別ガイド」で、困りごとに共通する5つのルールと早見表をまとめています。
「ノウハウ・進捗を共有したい」という相談は26件。中身は3つに分かれる
ホリエモンAI学校では、受講企業の社員の方に「困りごとリスト」を書いてもらっています。集まった1,705件を似たもの同士でまとめると、「ノウハウ・過去事例・進捗を蓄積して共有したい」は26件で、98種類の困りごとの中で18番目に多いものでした。
26件を一つずつ読むと、同じ「共有したい」でも、残したいものの種類で次の3つに分かれます。
| 残したいもの | 件数 | 実際に書かれていた声(例) |
|---|---|---|
| ① 終わった仕事の記録(過去事例・ノウハウ) | 10件 | トラブル対応ノウハウが蓄積されない/過去案件の記録を一括管理したい/過去案件をまとめて参考にしたい/部署の知識を集約したい/クレーム内容を分析したい |
| ② 動いている仕事の状態(進捗・状況) | 9件 | 工事の進捗状況が見えない/案件ごとの進捗把握が大変/会議の決議状況が分かりづらい/社内調整の状況が見えない/作業指示の経路が分かれ案件把握が難しい |
| ③ 置き場所・管理の仕組み | 7件 | 帳票管理が煩雑/メール添付PDFの集約・格納が手間/最新の価格表を外から見たい/個人情報の管理が難しい |
出典:ホリエモンAI学校の受講企業が記入した困りごとリスト(1,705件を98種類にまとめた社内集計、2026年10月時点)。分け方は筆者によるものです。
①と②は、似ているようで解決策が違います。①は「終わった仕事を、次に似た仕事をする人が参考にできる形にまとめる」こと、②は「今動いている仕事が、どの段階にあるかを誰でも分かるようにする」ことです。「ナレッジ共有ツールを入れよう」とひとまとめにせず、自社が困っているのが①なのか②なのかを先に決めてください。③は置き場所の問題なので、この記事では触れる程度にとどめます。
なお、すでにある資料が見つからない場合は「社内の資料が探しにくい問題をAIで解決する方法」、連絡や申し送りが流れてしまう場合は「社内の連絡・申し送りが伝わらない問題をAIで解決する方法」で詳しく書いています。この記事は、そもそも記録が残らない、進み具合が見えないという、「残す側」の困りごとに絞っています。
なぜ「ちゃんと記録して」と言っても残らないのか
私たちの研修では、困りごとを解決する前に、その業務を四角と矢印で書き出してもらいます。たとえば、お客様からトラブルの連絡が来て対応する仕事なら、次のようになります。
- 受ける:お客様から電話やメールでトラブルの連絡が来る
- 相談する:担当者が社内チャットで先輩や技術者に「こういう症状、前にもありましたっけ?」と聞く
- 対応する:現場に行く、部品を手配する、お客様に説明する
- 報告する:チャットやメールで「対応完了しました」と上司に伝える
- 記録する:対応内容を事例集や管理表にまとめる
書き出すと分かるのは、1〜4は「やらないと仕事が終わらない」作業なのに、5だけは「やらなくても今日の仕事は終わる」作業だということです。忙しい日には5が真っ先に飛ばされ、半年後には誰も更新しない事例集だけが残ります。これは社員の意識の問題ではなく、流れの作り方の問題です。
一方で、2と4を見てください。「何が起きて、どう対応して、どうなったか」は、実はすでにチャットやメールに書かれています。足りないのは、それを後から参考にできる形に整理する作業だけです。だから解決の方向は、「5を頑張ってもらう」ではなく「2と4から5を自動で作る」になります。
① 過去事例・ノウハウ:チャットとメールから、AIに事例集を作らせる
終わった仕事の記録は、AIの使いどころです。チャットのやり取りは話があちこちに飛び、雑談も混ざっています。そこから「状況・原因・対応・結果」を読み取って短くまとめるのは、文章を読んで判断する作業なので、AIが向いています。
私たちがこの困りごとに提案している形は、次のとおりです。
- 拾う場所を決める:トラブル対応や案件の完了報告が書かれるチャットのチャンネル(Slack・Chatwork・LINE WORKS・Teamsなど、今使っているもの)を1つ決める
- まとめる形を決める:「いつ・どの顧客区分・どんな症状・原因・対応・結果・かかった時間・次に気をつけること」のように、事例集の項目を先に決める
- AIに定期的に読ませる:週に1回など決まったタイミングで、そのチャンネルの新しいやり取りをAIに読ませ、決めた項目に沿って1件ずつまとめさせる
- 事例集に追記する:まとめた結果を、Notion・Googleドキュメント・SharePointなど社内の決まった場所に自動で追記する
- 人は確認だけする:担当者は自分の対応がどうまとめられたかを見て、間違いがあれば直すだけにする
ポイントは、社員に新しい入力を1つも増やしていないことです。いつもどおりチャットで相談し、完了報告をするだけで、事例集が勝手に厚くなっていきます。「書く」を人の仕事から外し、「確かめる」だけを人に残すのが、たまる仕組みの条件です。
過去に紙やExcelでばらばらに残っている案件記録を一度にまとめたい、という場合は、仕組みにする必要はありません。一度きりの作業なので、AIエージェントやチャット型のAIにファイルを渡して「この形の一覧表にして」と頼み、人が確認すれば十分です。
事例集の中身は、個人情報やお客様の社名を抜いてまとめるよう、AIへの指示の段階で決めておいてください。誰が見てもいい情報にしておかないと、結局「見せられないから共有しない」に戻ってしまいます。
② 進捗:状態が変わる瞬間を拾い、一覧表を自動で更新する
受講企業の困りごとリストには、「見積→受注/失注→調達→施工→竣工→請求などの進捗が分からない工事があり、請求のタイミングなどを社内で共有できていない」という相談がありました。私はこういう相談には、業種は関係なく、まずその仕事を全部ワークフローに分解してくださいと伝えています。見積を取る、調整する、受注する、調達する、施工する、施主に確認してもらう、竣工する、写真を撮って書類を作る、請求書を出す、報告する。この一つ一つが四角で、その間が矢印です。
分解すると、進捗が見えない理由が分かります。「見積を送った」「注文書が届いた」「写真を上げた」「請求書を出した」という、状態が変わる瞬間は必ずどこかで起きているのに、それが一覧表に反映されていないのです。だから担当者に聞くしかなくなります。
解決策は、状態が変わる瞬間に必ず残る「しるし」を見つけて、そこから一覧表を更新することです。
| 段階 | 状態が変わった「しるし」の例 | 自動で更新する内容 |
|---|---|---|
| 見積 | 見積書のファイルが決まったフォルダに保存された/見積送付のメールが送られた | 案件一覧の状態を「見積提出」、日付を記入 |
| 受注 | 注文書・発注書のメールが届いた/契約書が締結された | 状態を「受注」、受注日と金額を記入 |
| 施工・作業 | 現場写真が案件のフォルダに上がった | 状態を「施工中」、最終更新日を記入 |
| 完了 | 完了報告書や竣工写真が保存された | 状態を「完了・請求待ち」にし、経理に通知 |
| 請求 | 請求書が発行された | 状態を「請求済」、入金予定日を記入 |
ここは「ファイルが保存されたら」「このメールが届いたら」という決まった条件で動くので、判断がほとんど要りません。Power Automate(Microsoftを使っている会社)や Zapier・n8n などのワークフロー自動化ツールで十分組めます。AIが必要になるのは、届いたメールが注文書なのか単なる問い合わせなのかを見分けるような、判断が入る1マスだけです。
「完了したのに請求書が出ていない案件」のように、状態が止まったまま一定の日数が過ぎたものを毎朝チャットに知らせるようにしておくと、請求漏れのような実害も防げます。
3つの解決策のどれを使うかは「頻度・判断・派閥」で決める
ホリエモンAI学校では、業務を自動化する方法を「ワークフロー自動化ツール」「AIエージェント」「コーディングエージェントで自社専用のツールを作る」の3つに分けて考えます。ノウハウ・進捗の共有では、次のように選びます。
| 観点 | ノウハウ・進捗での考え方 | 向いている方法 |
|---|---|---|
| 頻度 | 過去の案件記録を一度だけまとめ直す | AIエージェントやチャット型AIに一回やってもらい、人が確認する |
| 頻度 | 毎週・毎日の対応履歴を事例集に足していく | 定期的に動くAIエージェント、または自社専用のツールにする |
| 判断の要否 | ファイルの保存やメールの受信で、案件の状態を更新するだけ | AIを使わない。ワークフロー自動化ツールで一覧表を更新する |
| 判断の要否 | チャットのやり取りから、原因と対応を読み取ってまとめる | その部分だけAIに要約させ、前後は自動化ツールでつなぐ |
| 派閥 | 会社がMicrosoft・Google・ChatGPT・Claudeのどれを使っているか | Microsoftなら Teams・SharePoint と Power Automate、Googleなら Google Chat・ドライブと Gemini など、今使っている製品の中で組む |
新しいナレッジ共有ツールを契約する前に、今使っているチャットと保存場所の中で完結できないかを考えてください。入れる場所が1つ増えるだけで、記録はまた分散します。拾う場所も、ためる場所も、社員がすでに毎日開いているところにするのが、定着させるいちばんの近道です。
公開事例:ためたノウハウを「引き出せる」ようにした例
他社の公開事例を1つ紹介します(当社の受講企業の事例ではありません)。物流などを手がける鴻池運輸株式会社では、拠点ごとにノウハウや検証結果が蓄積され、全社のデータベースにまとめてはいたものの、形がそろっていない文章のため似た業務の情報を探しにくく、全社で使える知識になっていなかったそうです。
そこで、社内の情報を読み込ませたAIに質問すると答えが返ってくるチャットの仕組み(RAG)を開発しました。検証では100件のうち95件が合格とされ、導入後、データベースへの検索アクセスは従来の8倍近くになったと紹介されています(出典:AWSブログ「鴻池運輸 生成AIチャット」2024年9月)。
この事例から分かるのは、ためるだけでは使われず、引き出しやすくして初めて共有になるということです。逆に、AIで引き出す仕組みを作っても、そもそも記録がたまっていなければ答えは出てきません。中小企業の場合、いきなり大がかりな検索の仕組みを作るより、先に①②の「自動でたまる仕組み」を作り、記録が増えてきたら引き出す側を整える、という順番が現実的です。
ノウハウ共有でつまずきやすい3つの落とし穴
- 入力欄の多いナレッジツールを入れる:項目がたくさんある登録画面を用意しても、忙しい現場は入力しません。最初の数か月だけ埋まり、その後は止まります。入力はゼロにし、確認だけを頼む形にしてください。
- まとめる形を決めずにAIに要約させる:「いい感じにまとめて」と頼むと、毎回まとめ方が変わり、事例同士を見比べられません。項目を先に決め、毎回同じ形で出させてください。
- 進捗の段階が人によって違う:「受注」が口頭の内諾なのか注文書の受領なのか、人によって違うと、一覧表は自動にしても正しくなりません。自動化の前に、段階の名前と「何が起きたらその段階か」を1枚の紙にそろえてください。
現場の作業記録そのものを書く手間が重い場合は、「日報・作業記録の入力をAIで減らす方法」も参考にしてください。
明日から始める4ステップ
- 残したいものを①か②に分ける:困っているのが「過去の事例が参考にできない」なのか「今の進み具合が分からない」なのかを、まず決めます。
- その仕事を四角と矢印で書き出す:トラブル対応や案件の流れを、受けてから終わるまで書き出し、「何が起きたか」がどこに書かれているか(チャット・メール・フォルダ)に印を付けます。
- まとめる形を1枚にする:事例集なら項目を、進捗なら段階の名前と「何が起きたらその段階か」を決めます。
- まず1か月分を手動で試す:過去1か月分のチャットをAIに渡して事例集の形にまとめさせ、使えそうなら定期的に自動で動く形にします。進捗なら、いちばん抜けやすい1つの段階(たとえば「完了→請求」)から自動更新を始めます。
ノウハウ・過去事例・進捗の共有についてよくある質問
社内のノウハウを共有するには、ナレッジ管理ツールを導入すべきですか?
新しいツールを入れる前に、今使っているチャットや保存場所の中でたまる仕組みを作れないかを考えてください。ノウハウがたまらない原因は、たいてい「書く場所がない」ではなく「書く作業が本来の仕事とは別にある」ことです。チャットや完了報告からAIで自動的にまとめる形にすれば、多くの場合、追加のツールは要りません。
ベテランの頭の中にあるノウハウは、どうやって残せばいいですか?
ベテランに文章を書いてもらうのは負担が大きいので、普段の相談への回答や対応の報告など、すでに口やチャットで話している内容を拾うのが現実的です。チャットのやり取りをAIに読ませて「状況・原因・対応・結果」の形にまとめ、ベテランには内容が合っているかを確認してもらうだけにします。
案件の進捗管理にAIは必要ですか?
多くの場合、進捗の更新そのものにAIは要りません。「見積書が保存された」「注文書のメールが届いた」といった決まった条件で一覧表を更新するだけなら、ワークフロー自動化ツールで足ります。AIを使うのは、届いたメールの中身を見分けるなど、判断が必要な部分だけです。
まとめ:「書いて残して」をやめ、仕事の流れから自動で拾う
ノウハウ・過去事例・進捗が社内にたまらないのは、記録する作業が本来の仕事の外にあり、忙しい日には飛ばされるからです。終わった仕事の記録は、チャットやメールのやり取りをAIに読ませて決まった形の事例集にし、動いている仕事の状態は、見積・受注・完了・請求などの「しるし」から一覧表を自動で更新します。人に残すのは、まとめられた内容を確かめることだけにしてください。
「同じトラブルのたびにベテランに聞きに行っている」「案件がどこまで進んでいるか、担当者に聞かないと分からない」という状況なら、今の仕事の流れを一緒に四角と矢印に書き出し、どこから記録を拾い、どこにAIを入れるかを決めるところから進められます。今お使いのチャットや保存場所の機能で足りる場合は、その旨を正直にお伝えします。
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